高松地方裁判所 平成2年(ワ)321号 判決 1992年3月16日
原告 柴田義雄
<ほか五名>
被告 四国電力株式会社
右代表者代表取締役 佐藤忠義
右訴訟代理人弁護士 河本重弘
田代健
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一申立て
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、それぞれ金一〇万円及びこれに対する平成二年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 答弁
主文と同旨
第二主張
一 請求原因
1 原告らはいずれも被告の株主であり、被告は、電気事業を営む株式会社である。
2 原告らは、平成二年六月二八日午前一〇時に被告が開催した第六六回定時株主総会に出席したものであるが、その当日、原告らは会場内の自分の希望する席を確保するため、いずれも午前六時三〇分から午前七時三〇分までに被告会社に到着し、正面玄関前で警備員の指示に従って、激しく雨が降る中、同路上で入場の順番を待った。
3 午前八時に門扉が開けられたので、原告らは入場券を示し、四階の会場に到着したところ、会場内では、すでに約七〇人の者が議場前方の席を占拠しており、原告らは自己の希望する席を確保することができなかった。
なお、右の者たちは、被告が動員した社員株主であり、総会中、ひたすら経営者側答弁に拍手を送り、事あるごとに議事進行を叫んだ。
4 総会会場の前方に着席することは、出席株主に対する説得に有利であり、また、議長の指名も得られやすいメリットがあり、右のような原告ら一般株主と社員株主との差別的取扱は、商法の精神からしても許されるものではなく、株主平等の原則に抵触するものである。
原告らは、被告の右行為によって、多大な精神的損害を被ったが、右損害を慰謝するためには、少なくとも原告一人につき一〇万円の慰謝料が必要である。
よって、右慰謝料及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、被告が平成二年六月二八日に第六六回定時株主総会を開き、原告らがこれに出席したことは認め、その余は不知。
3 同3の事実中、午前八時まで門扉が閉ざされていたこと、原告らが総会の会場に到達した時に約七〇人の者が会場株主席の前方に着席していたこと、それらの者のほとんどが社員株主であったことは認め、その余は知らない。
同4については争う。
株主総会における座席の位置は、株主権の行使についてなんら有利不利の問題を生じないから、原告らが希望する席を確保できなかったとしても、その権利の侵害はなく、株主平等の原則に反することもない。
また、株主総会における株主の入場方法や座席の配列、割り付け等は、すべて総会を運営する会社側、議長の裁量に委ねられているものというべきである。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実及び被告が平成二年六月二八日に開いた第六六回定時株主総会に原告らが出席したこと、原告らが開場とともに総会会場に到達した時には約七〇人の者が会場株主席の前方に着席していたこと、それらの者のほとんどが社員株主であったことは、当事者間に争いがない。
原告らは、被告が約七〇人の社員株主らを優先的に会場前方に着席させたことが、原告らその余の株主に対する差別的取扱であり、右の差別的取扱によって、原告らが自己の希望する着席場所に座って議長からの指名を受けたり、他の株主に訴えかけるについて有利な場所を選択する利益を侵害したと主張するので、右主張について検討する。
二 当事者間に争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告らは、平成二年六月二八日の本件総会の当日、午前六時三〇分ころから雨の中を被告本社別館北側の出入口前に並び始め、午前八時の開門と同時に本社ビル別館に入り、同別館四階の総会会場前で受付を済ませて入場した。
会場は、議長ら役員席と株主席との間には段差が設けられておらず、机が並べられて両者の場所が区分されているだけであった。株主席には約二三〇の椅子が並べられており、株主席の最前列と議長席との間は一・五メートル程度であった。
2 被告は、昭和六三年の一月及び二月にいわゆる原発反対派の者たちからの抗議を受け、約一五〇人の反対派の者らに深夜の数時間、社内ビルの一部を占拠されるなどし、その対応に苦慮した経験があったが、その後、他の電力会社の株主総会が原発反対派の株主によって反原発運動に利用されたなどの情報を得ていた上、被告の本件株主総会に対しても同様の動きがあるとの情報を得ており、現に平成二年三月に結成された「未来を考える脱原発四電株主の会」やその他の者の名で、本件総会にあわせて一〇〇〇項目を超える原発関係の事前質問状が送られていたことなどから、本件総会の運営に危惧感を持った。
そこで、被告は、社員株主に対して総会の運営に協力を求め、これらの者に株主席前方に着席させ、これらの者によって原発反対派株主と議長席の間に適当な間隔を確保することにした。
3 このため、前記原告らが入場した時には、株主席の最前列から第五列目の半分までと中央部付近に社員株主を中心とする株主がすでに着席しており、七八席を占め、そのうち最前列から後方へ第四列までの六四座席は、一座席のほか空席がない状態になっていた。
原告らは、最前列から後へ第五列の中央辺の一座席に着席していた社員株主を実力で排除した原告佐藤を除き、第五ないし第七列目の中央部を除いた席に着席して総会に臨んだ。本件総会の冒頭に、原告佐藤が被告の右の措置に抗議したが採り上げられなかった。
なお、この総会の間、原告らのうち四人が議長から指名を受け、質問したり動議を提出するなどした。
以上の各事実を認めることができる。
三 ところで、一般に、株主総会の会場の設営や議事進行等にあたる者は、各株主がその権利である発問や動議の提出を円滑にできるように、会場の設営等も含めた配慮によってこれを行うべき責務があり、この目的のために、着席位置等を定める権限も有するものというべきである。したがって、株主が株主総会の座席をまったく自由に選択しうる利益があるとまでいうことはできないが、右のような総会設営者の権限が濫用され、株主間において合理的な理由のない差別を生じるようなことがあってはならず、またその結果、株主権の行使に影響が生じてはならないことは、いうまでもない。また経営者(会社)としては、一年に二回程度しか開催されない通常の株主総会は、株主の声を聞く数少ない機会であるから、持株数の多少にかかわらず、株主一人一人の自由な声に謙虚に耳を傾け、経営の上に反映させるべきものである。
ところで、認定事実によれば、本件において被告が総会の円滑な運営に危惧を持っていたことには首肯できるものがあるものの、そのような危惧については、適宜な警備の強化等によって対応できる面もあることが想定されるのに、被告がその配慮をした形跡がない上、本件においてとられた措置は、議長の議事進行に協力的な社員株主を優先して入場させ、最前列から第四列までの座席を独占させたのであり、株主としての立場で見る限り、これらの者に対してのみ前方の座席を独占させるべき理由はなく、しかも、前記認定のとおりの実際に行われた本件総会の議事の進行終了状況に照らすと、被告が社員株主とそうでない株主らとの間に行った本件差別的取扱いには、その必要性、妥当性に疑問が残るといわざるをえない。
しかしながら、原告らは、第五列ないし第七列目に着席し、随意に質問や動議の提出などをしていることは前記認定のとおりであって、原告らが右着席位置によって指名等について被告から差別的な扱いを受けたり、他にその株主権の行使に関して、具体的な不利益を受けたことを認めることができない。
そうすると、本件総会における株主の座席についての被告の措置が適切を欠いたものであっても、これが個々の原告の法的利益を侵害して不法行為を構成するほどのものであるとはいえない。
四 以上の認定判断によれば、原告らの本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 滝口功 裁判官 石井忠雄 青木亮)